先日、島の中学校の授業に参加する機会がありました。
ワークショップのような対話形式で、これまでの仕事や人生について語るというもの。

中学校での先生。これは生まれて初めての体験。

島に来て初めてしたことがたくさんある。1番大きかったことは、クルマの運転。島っぽいものでいうと、スキューバダイビング、魚を捌くこと。文化的なものでいうと、インタビュー、動画編集、広報誌の連載etc。

ニホンミツバチの分蜂も見たし、部屋にコウモリがいたのも初めて。

話は戻りまして。授業の前に「中学生ってどんなだったかな?」と、自分の中学校時代のことを思い返してみました。
現在40歳ですが、中学校の時から持っているカタチあるものは2つしかなくて、それらのモノから思い出をたどってみた。

それは、雑貨屋さんで買った青いカゴ(小物を入れてる)と、1995年の「rockin’on JAPAN」。

スピッツの草野マサムネさんが大好きでした。

皆にこの雑誌を見せて、「生まれてたかなー?」って聞いてみようと思ったのだけど、ぜんっぜん生まれてないですね。そういえば、私はみんなのお母さん、お父さんくらいの年なんだった。

それでね。中学校時代のことを思い出して何を感じたかというと、それは、子どもの頃って、「家」が自分のアイデンティティの多くを占めてたなって思い出したんです。物理的な家そのもの。そして、家族ですね。

誰かの家や家族を見て、人と自分を比べることを存分にしてたなあって思います。世界がせまいと言えばそう。でも、せまいからこそ、あのみずみずしい10代の感性が生まれる。あの頃から「りぼん」の裏表紙に載っていたラピスラズリやムーンストーンの類をおこづかいで買って、「好きな先輩と廊下ですれ違えますように」って願いごとしてたなあ。星占いもよく見てたし。目に見えないものを大事にしていた気持ちは、いまだに変わらない。

家や家族がアイデンティティになるって具体的にどういうことかというと、ディズニーランドに行ったことがないのに「行ったことある」と言ったり、BSアンテナがないのに「ある」と言ったりするような感じ。家のことが、自分の価値になる。背伸びをしようとする。よく見せようとする。恥ずかしくもなる。

みんなの家にはあって、家にはなかったベッドやソファに憧れていた。あと、私の家は長いことダイヤル式の電話を使っていたので、それもけっこうコンプレックスでした。エメラルドグリーンの電話。今思うと、かわいい。

それで、恥ずかしいといえば「お父さん」だよね。雪の日、近所の友達と登校中に、スーツに長靴を履いたお父さんが私たちの横を越していくのが嫌だった。友達が家に来た時、台所の味噌汁のお鍋から直接おたまを口につけたお父さんを恥ずかしいと思った気持ちも、ずっと残ってる。

子どもの頃、「家族や家が恥ずかしい」ってけっこう多くの人が持っていた感覚なのだろうなって思います。大人になって、自分のアイデンティティから家や家族のことが外れた。楽になった。自分そのものを磨くようになった。大人になってよかったことの1つだったな。

今では、長靴も、ダイヤル電話も、ディズニーランドも、ソファも、どれも全部好きでも嫌いでもない。ふーん、っていう感じ。

さて。授業では、「親の言うことはきかなくてもいい」、「仕事は長く続けなくてもいい」ということを話しました。笑。中学の時に触れ合う「大人」って、メインは親か先生、友達の親。地域の人とのつながりって、そんなにないでしょ。私の場合は、大人=誰かのお父さん・お母さんだった。中学生の皆は、私の年齢とか、10個くらいの仕事の経歴があることとか、3日で仕事を辞めたことがあることとかに興味を持っていたけれど、「こんな人もいるんだな」って思ってくれてよかったなあ、というのが授業の感想です。

とつぜんですが。

「生まれてきてくれてありがとう」

と、伝えたくなりました。誰かに言うのもいいけれど、自分で自分に言うのはすぐできるよ。誰かに言われたこと、あったかな・・・?親からは、まだない。好きな人からは、あったかもしれない。

お読みくださりありがとうございました。

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